中学受験の勉強を指導していた小学6年の我が子を殺した父親の判決が先日行われた。
父親の母校である難関私立中学校に進学させようと勉強を教える一方で、暴力を振い、挙句の果てには息子を刺殺したという痛ましい事件である。
本末転倒も甚だしい出来事。
このような親をもつ身は、さぞかし大変だったろう。
亡くなった子供の冥福をただ祈るだけである。
なぜ、子供に中学受験させるのか?
事件の例は極端であるが、中学受験をする子供が多いのも事実である。
事務所近くの進学塾に多くの小学生たちがお揃いのカバンを下げて勉強しに来る姿を良く見かける。

では、なぜ自分の子供に中学受験をさせるのだろうか?
「他人と比べてよい友達に巡り合うため?」
「他人と比べてよい大学に入るため?」
「他人と比べてよい就職先に入るため?」
その学校の教育方針に共感するからという理由であればまあ納得する。
しかし実際には、試験成績や偏差値をみて志望校を変えるという家庭も多いと聞く。
そもそも、自ら中学受験をしたいなどいう子供はまれだろうから、多くは親の教育方針になんとなくのっかり、期待に応えようとするものだろう。
自分も中学受験を行った身として一言もの申す!
そいう私も中学受験勉強を行って、いわゆる有名私立中学に進学した人間である。
小学校高学年の当時、合格するために人より一生懸命勉強したとは思うが、それだけといえばそれだけである。

学生時代いくら勉強が出来ても、社会に出れば正直学歴など関係がない。
自分も大手企業のサラリーマンを経験したが、それこそ東大、京大、早稲田、慶應その他いわゆる良い大学を卒業して働いていても、使えないやつはつかえなかった。
仕事が出来る人や信頼できる人は、先輩でも同期でも後輩でもどこの学校でいても全く関係ない。
ある程度社会経験を積んでいる人であればみんながそう思うに違いないとは思うのだが、それでも中学受験が加熱するのはなぜだろう?
親が果たせなかった夢を託したいのか?
「自分が小学校の時分はどうだったか?」
を考えるとわかりやすいと思う。
正直みんな大したことたかったはず。

もしかすると、「有名校を卒業して落ちこぼれた」「出世できなかった」「子供に自分が果たせなかった夢を託したい」などという思いがあるのかもしれない。
仮に、代々の稼業を継がなければいけないような特殊な場合もあるだろうが、大方の子供は何をやっても良いはずだ。
今の時代、働きかたはいろいろあるし、私たちの子供の時代には考えられなかったような選択肢が広がっている。
学歴はある種の身分保証的な要素
「学校の勉強ができるのが良い」「有名な学校に通いのが良い」という古い価値観にとらわれている親世代が多いのではないだろうか?
学歴は、ある種の身分保証的な要素は確かにあると思う。

ブランド好きな国民性も関係しているかもしれない。
でも子供と親の考え方は違うし、全く別人格である。
親の価値観を押し付ける時代ではないと思うし、むしろ「期待しない」ぐらいのスタンスで、子供を成長させる方法の中の一つぐらいと受験を考えるのがベターであろう。
全く受験に興味がない息子
ちなみ、私の子供は全く受験に興味がないらしい。
「お父さんも昔、一生懸命勉強して有名な学校に合格したぞ。」
といっても
「僕は勉強が嫌いだから受験勉強はやらない。」
と言ってゲームやYoutubeにいそしんでいる。

誰でも勉強はめんどくさいし、まあそれはそれでありだと思う。
自分のやりたいことをやれば良い。
勉強してもしなくてもいずれ分かるときが来る。
勉強でもビジネスでも、何事も突き詰めなければ成功出来ないことが!